還暦を迎えたODA 「財力」援助より「知力」援助を|羅針盤 主幹 荒木光弥

新しい援助秩序を求める新興国

60周年を迎えた日本の政府開発援助(ODA)。まさに「ODAの還暦」である。

還暦は多くのサラリーマンにとって、定年退職という人生の大きな節目を意味する。気力ある人たちは、残りの人生に向かって、第2の設計を模索する。

それはODAも同じである。次なる新しい設計図が必要になる。第3回「ODA大綱」改定では時代認識として激変の世界を確認している。そこで、筆者は筆者なりの独断と偏見で次世代のODAのあり方を描くことにした。

世界はどう変わったか。援助という視点からは、端的に言って「援助されてきた国々」が「援助する国々」へ成長し、既存の援助秩序に衝撃を与え始めている。これは、それなりに世界の大進歩だと言える。ところが、進歩は新しい秩序を求める。

周知のように、BRICSのうちの中国、インド、ブラジル、南アなどの新興国ドナーは、かつての“南北対決”(南の開発途上国グループと北の先進工業国との対立)の延長のように、既存の権益を守る欧米(日本も含む)の援助秩序を崩そうとしている。

その典型的な例が「BRICS開発銀行」と「アジア・インフラ投資銀行」の創設である。その中心的な役割を果たしているのが中国。それは既存の域内開発銀行として設立されたアジア開発銀行の権益切り崩しである、と言っても過言ではない。もっと深く切り込めば、戦後アジアの米国ヘゲモニーへの挑戦でもあるとも言える。

そもそもアジア開発銀行には、中国、ベトナムをはじめとする大陸共産主義の東南アジアへの南下を防ぐ政治的な意図をもって設立された動機がある。同時に、政治的中立を唱えたASEANの設立も大陸共産主義の浸透を防ぐ政治的意図をもっていた。

これまでの過去を振り返ってみると、最近の中国の行動には、政治的戦略さえ感じられる。また、いくら発展しても欧米のつくり上げた援助秩序には、簡単には加担しないという中国の強い国家的決意が感じられる。言うなれば、戦後のパックス・アメリカーナの世界を、BRICSを味方につけて新しい世界へチェンジさせようとする政治的行動とも受け止めてよいであろう。すでに述べたように、BRICSグループは戦後、国際開発の領域をリードしてきた世界銀行に対抗する形で「BRICS開発銀行」を構想する。ここでも中国がリーダー的役割を果たそうとする。

援助方式の抜本的改革

好むと好まざるにかかわらず、援助が世界を変えてきた。戦後、世界の富の80%を占めてきた先進国は、今ではその富が50~60%へと激減しているという。その背景にはBRICSなどに代表される新興国の台頭がある。なかでも中国は抜群の経済力をもってアフリカのみならず、インドなど近隣アジアへの巨額の経済協力を展開している。

かつて日本もそういう時代があったが、今の中国の資金力には脱帽だ。日本は目下、インフラ輸出戦略で輸出力を伸ばそうとしているが、いくらひいき目に見ても建設業のパワーといい、中国のインフラ開発能力には勝てそうもない。たとえば、橋梁建設の一つをとってみても、長江や黄河のどこかで毎日、橋がつくられているので、その技術力は日進月歩しているという。

そうした中で、日本に残された道は、インフラ円借款の場合、日本の高水準の技術力を投入するとともに、徹底的にタイド化(ヒモ付き)する必要がある。そのためには援助条件を規定し、加盟国の援助をコントロールしているDAC(OECD開発援助委員会、通称、先進国援助クラブ)とアンタイド撤廃を目指して、不退転の決意で交渉することであろう。その場合、まず日本から資金協力の新しいルールを提案することが肝要だ。これまで日本がそういう努力をしたかどうか定かではない。DAC脱会をも覚悟してかからないと、日本の援助哲学を軽視しがちなDACの偏見には勝てない。

あるいは、半世紀以上続いた日本円でカネを貸すという円借款協力を抜本的に改めるか、新しい資金協力を検討するかなどの抜本的改革も必要である。返済する開発途上国にとっても、円の為替相場が将来どう変動するか、不透明な見通しの中で、決して魅力的な資金協力とは思えなくなっている。世界は今や資金供給過剰の状況下にあり、途上国の資金調達の選択幅は大きく広がっている。

賢い援助のあり方を求めて

ヨーロッパのある賢い先進国は、単なる資金協力であれば国際機関、かつては日本、今では中国などに任せて、自国の将来にも大きく寄与する優秀な途上国人材の育成と確保(ヒモ付き)を、自国の比較優位にある技術や制度づくり協力とリンクさせようと努力しているという。

いくつかの例を挙げてみると、高等教育(研究を含む)、保健医療の制度づくりと人材養成、社会保障制度づくりと人材養成、環境に関する制度づくりから環境技術移転に至る人材づくり、特異な産業技術協力のための制度づくりから人材育成などがあげられる。極端に言うと、それらはすべて最終的にはヒモ付き知力援助である。つまり、それが最大の国益だと考えている。特に、技術立国ドイツは静かに我が道を歩いている。日本がもっとも見習うべき国だと言える。

とにかく、援助に国家政策が強く反映されている。今回の「ODA大綱」の現場編では、“戦略性”と“連携”が提示された。たとえば、そこでは相手のためになると同時に、自国のためにもなることを援助計画に盛り込みながら実施することも戦略的に検討せよ、ということが示唆されている。ドイツではそれを常時、人材育成と関連させながら戦略的に計画立案しているようである。

「ODAの還暦」に当たって、力仕事(資金協力)に頼らない知恵の仕事(計画/人材づくり)をいかに戦略的にODAプロジェクトに仕込むか、を次世代へ向けて提言してみた。

※国際開発ジャーナル2014年11月号掲載

Follow me!

コメント

PAGE TOP