ASEANの今日的な力量 米中のつば迫り合いを展望|羅針盤 主幹 荒木光弥

中国の浸透スピード

「自由で開かれたインド太平洋構想」は、日本だけの特許ではない。米国、オーストラリア、そして中国、東南アジア諸国連合(ASEAN)もそれぞれの思惑でインド太平洋構想を描いている。その思惑を包み込む「厚い皮」の部分が米国、日本、カナダ、豪州、ニュージーランドなどで、思惑の中心部はASEAN10カ国や太平洋島嶼国である。その中心部へは、外部からの政治的誘惑も多い。とりわけASEANとの絆(政治的、経済的)を深めようと、いろいろな形で仕掛けられている。

今回は貿易関係を中心に、諸外国勢力のASEANへの仕掛けを展望しながら、ASEANを挟んでの米中のつば迫り合いを展望してみたい。

第1ラウンドとしては中国産ワクチンのASEANへの提供(2021年の輸出)が挙げられよう。まず、中国産ワクチンの輸入比率順を見ると次の通りである。(1)カンボジア(輸入比率87.8%)、(2)ミャンマー(71.1%)、(3)インドネシア(65.2%)、(4)ラオス(53.5%)、(5)フィリピン(28.4%)、(6)マレーシア(20.6%)、(7)ブルネイ(15.4%)、(8)ベトナム(9.5%)、(9)シンガポール(7.7%)、(10)タイ(7.6%)だ。輸入比率は、各国の医療事情を反映していると見られる。同時に、対中国ストレスの少ない順番のようにも映る。

第2ラウンドでは、2021年度におけるASEANの対外貿易(輸出)依存度を国別に追ってみよう。ASEANの国別輸出状況がわかる。(1)ベトナムは①米国、②欧州連合(EU)、③中国。(2)カンボジアは①米国、②ASEAN、③シンガポール、④中国。(3)タイは①中国、②ASEAN、③北米自由貿易協定(NAFTA)、④米国。(4)フィリピンは①ASEAN、②中国、③日本。(5)マレーシアは①ASEAN、②中国、③シンガポール、日本。(6)シンガポールは①アジア、②米国、③EU、④オセアニア。(7)インドネシアは①中国、②ASEAN、③米国、④EU。(8)ミャンマーは①中国、②タイ、③日本、④インドだ。つまり、対米貿易ではベトナム、カンボジア、シンガポール諸国が、対中貿易ではタイ、フィリピン、マレーシア、インドネシア、ミャンマー諸国が深く関わっていることがわかる。

ASEANの構想

さらに、コロナ禍前の2019年と2021年の第1~3四半期の相手国別シェアの変化を比べてみる。対米輸出は13.0から15.1%へ、対中輸出は14.3から15.9%へ増加傾向にあり、貿易面では対中依存度が高まっている。他方、ASEANにとってEUは中国、米国に次ぐ貿易・投資の良きパートナーであると見られているものの、対EU貿易はASEAN域内、対日本と同様輸出入共にシェアを下げている。

こうした全体の動きを見ると、やはり経済面でも中国の存在は大きいことが明らかになってくる。特に大陸部ASEANのタイ、ラオス、カンボジア、ミャンマーは隣接する中国との関係を重視している。中国との国境貿易は、地域民族の生活にとってかけがえのない存在になっているからだ。

その意味で、海洋部ASEANのフィリピン、インドネシア、マレーシア、シンガポールとは地域的に異なる生存条件を有していると言っても過言ではない。だから、ミャンマー軍事政権や南海問題も、海洋部と大陸部は時々異なる動きを見せることがある。

一方、ASEAN域外に向かっては常に一致団結している。とにかく欧米はじめ中国など大陸に囲まれたASEAN諸国にとって「団結」が最大の武器であることを、身をもって体験しているからであろう。たとえば、ウクライナへのロシア侵攻を非難する国連決議でも、ベトナムはインドと共に反対票を入れる。ベトナムでは対米戦争時代に裏からソ連の支援を得ていたから恩義がある。また、カンボジアのように東シナ海、南海の領海線引きでASEAN仲間のフィリピン、ベトナムを横目で見ながら、中国にとって有利な動きを見せる国もいる。それでいて、最終的にはASEANの団結を守る。そこには、日本では考えられないASEAN独特の戦略が見られる。

こうした環境の下で、日本の提唱するインド太平洋構想が、どれほど実現性があるか、まったく定かではない。ASEANには2019年6月にインドネシアなどが中心になって練り上げた「ASEANインド太平洋アウトルック(AOIP)」がある。それは、大国間の緊張が高まる地域情勢の緩和を対話や協力、友好関係の増進という、いわば“ASEANの中心性”が支える「インド太平洋」の提唱である。

インド太平洋構想の動向

日本のインド太平洋連携では表向き“対中牽制”ではないと言うものの、狙いは中国排除のインド太平洋連携であることは明白である。これに対して、ASEANのインド太平洋連携構想は、中国を排除しない、ASEAN中心性を唱えた連携構想である。

欧米諸国はASEANなしのインド太平洋構想はあり得ないので、ASEANの構想に寄り添うようになってきた。すでに豪州はAOIPの実施を含むASEANとの協力に約1億2,400万豪ドルの支援を約束。インドとASEANは平和、安定、繁栄のためのAOIPに関する協力について共同声明を発表した。

2020年、日本もAOIP支持を表明。日本の「自由で開かれたインド太平洋」とAOIPは基本的原則を共有するものとして、ASEANの諸原則を支持し、AOIPの4つの分野(海洋協力、連結性、持続可能な開発目標、経済協力)とのシナジーを強化することなどが謳われた。

なお、AOIPでは、中国市場も加えた巨大連携構想へ進展する流れも見えている。ただ、今はウクライナ―ロシア戦争中ということがあって、構想が大きかろうと小さかろうと、巨大なインド太平洋構想は「夢遠し」の観もある。とはいえ、今日、ASEANの力量は日増しに拡大している。2015年12月に宣言されたASEAN経済共同体(AEC)は、2025年までに達成すべき青写真を提示している。たとえば、物品貿易に加えて、投資、サービス分野の自由化など多岐にわたっている。とにかく、ASEANは上記のASEAN経済共同体とともにASEAN政治・安全保障共同体(APSC)、ASEAN社会・文化共同体(ASCC)といった三本柱で構成された多面的な地域共同体の形成を目指している。ASEANの力量が日増しに増大してきているのを見るにつけ、ASEANはアジアの大きな地域勢力として成長していくことは間違いないと思う。

※国際開発ジャーナル2023年2月号掲載

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