不安定な国際入札
アフリカ円借款協力で国益と援助本来の目的との谷間で悩ましき葛藤が生まれている。
その援助案件はアフリカA国とB国を結ぶ国際的な国境橋建設である。これへの円借款協力は、基本的にアンタイド(ヒモ付きなし)。しかし、アンタイドにもかかわらず橋建設に際しては、インフラ輸出攻勢を助けるべく、優れた日本の橋梁建設技術をスペックインして、国際入札が日本に有利になるよう指示されていたという。
さらに、開札時には、「金額」提示札と「技術評価」札のうち、先に「技術評価」を開いて吟味してから、次に「金額」札を開封する手順であった。日本側としては、「技術評価」で高い得点を稼いで、入札の流れを日本側に有利になるよう計画したつもりであった。だが実際には、先方政府が日本の「技術評価」をヒモ付き援助にするための画策とみたのか、あるいは、「技術評価」に関する知識不足で、その重要性を評価できなかったのか、定かではないが、日本側との約束を守らずに密かに厳重な封印を解いて、日本と中国などの「金額」札をのぞいてしまった。
相手政府担当者たちは、そこに提示されている日本の金額が、中国の提示した金額の倍に相当していることを知って愕然とした。
アフリカで中国の建設業が低価格で他を圧倒していることは周知のことだが、相手国政府としては建設コストが日本の提示した金額の2分の1ですむとなると、日本の主張する「技術評価」を考慮しようという気持ちも萎えてしまう。こうしたことが起こる背景には、いろいろな思惑が錯綜しているようだ。
1つは、日本側がスペックイン工作を行っていたとしても、すでに中国側が逆工作を行って、相手国政府の担当者たちを懐柔していたという説も考えられる。
2つは、日本側もスペックインの努力はしたものの、最後の不正な詰めの一手が厳しいコンプライアンスを守るために断念せざるを得なかった事情。その一方で、開発途上国側にも事情がある。あまりにも高い金額で日本の落札を認めると、たとえ、日本の技術を高く評価したとしても入札担当部署へのワイロ容疑がかけられるので、他に比べてあまりにも高い入札金額の場合はやむを得ず拒絶される。
3つは、日本の建設業界が旺盛な内需に追われてリスクの多い海外建設案件への意欲が低下していること。今回のアフリカ案件でも政府の全面的なバックアップを頼りにしたものだった。
4つは、日本の主張する「技術評価」が援助のタイド効果を誘導できる、という仮説の不確かさ。国内入札でも「金額評価」が優先され、「技術評価」が軽視されるケースがしばしば起こっている。
日本の技術評価信仰
日本は橋一つ架けるにしても耐久性を重視する。しかし、多くの開発課題を抱えている開発途上国では価格と耐久性を比較すると価格の安さに比重を置き、そこそこの耐久力があればよいという考え方が主流のように思われる。日本的で完璧な技術評価観も激しい国際競争では少し柔軟にならないと、新興国参入の国際的な価格競争には勝てないのではないだろうか。
こうした失敗のケースが起こる可能性は今後も多いとみるべきであろう。本当に、日本の優れた技術を売り込むならば、極端に言うと、完全無償で対応すべきである。無償ならば、相手も歓迎しよう。その代わり、設計、施工、機材調達から人材まですべてメイド・イン・ジャパン。日本の技術の海外での実績づくりを考えるならば、これしかない。この方法ならば、財務省の言うように、税金は付加価値をつけて短期にブーメランのように戻って来る。まさに、インフラ輸出のモデルとなろう。
とにかく、経済協力開発機構(OECD)開発援助委員会(DAC)の足かせ手かせ状態の下で、円借款協力を日本の大型インフラ輸出につなげるには、自ら限界がある。現在、円借款プロジェクトの日本企業調達率は40%ぐらいだと言われているが、アンタイド条件付きの中で、40%は一つの限界かもしれない。アンタイドの抜け穴的なものとして、日本の優れた技術によるヒモ付きの本邦技術活用条件(STEP)システムがあるが、これも完璧なオールジャパン・システムになっていない。
不完全ながらもSTEPシステムで対アフリカ借款を増やせばよいではないかという人もいるが、DACの規制もあって、低開発途上国の多いアフリカでは、STEP適用ができない。言うなれば、日本のODAはことごとくDACの監視下に置かれているからだ。
中国の安値攻勢
今回のアフリカの架橋援助でも、日本は国際入札において中国の安値攻勢で完敗している。中国の建設企業は60社もアフリカに進出して、自国プロジェクトはもとより、他の国の建設援助案件や国際機関の案件を食いものにしている。日本はこうした中国企業の攻勢に手をこまねいているばかりだ。それどころか、中国政府は近々、「アジア・インフラ投資銀行」を創設するという。これは第2のDACを創設する政治的意図に基づいている。
そうしたなかで、「中国はDAC加盟に反対している国である。それにもかかわらず、その中国がDAC加盟国として、そのルールを忠実に守っている国(日本)の援助プロジェクトを横取りしている。これは不公平ではないのか」という批判が経済界で高まったら、日本政府はどう対処するのだろうか。
もし、強行処置があるならば、米国のように、中国企業は国営企業ないしはそれに準ずるという考え方に立って、日本の円借款協力による国際入札から中国企業を排除することも考えられる。
ただ、円借款協力にインフラ輸出目的を絡ませる前に、「外交の手段」としての円借款協力とは何かを根本的に熟考する時代が来た。明治維新の元勲・大久保利通はヨーロッパ視察を終えると、「日本も礼儀正しく国益を追求すべきだ」と述べたと伝えられているが、今の日本にも当てはまる教訓ではなかろうか。
※国際開発ジャーナル2014年9月号掲載
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