これからのODA戦略保健医療協力を考える|羅針盤 主幹 荒木光弥

病院協力の模範国ベトナム

新型コロナウイルスの世界的な感染拡大で保健医療協力が政府開発援助(ODA)最大の関心事になっている。国際協力機構(JICA)の北岡伸一理事長は去る7月7日付けの日本経済新聞で「保健医療協力の国際協力をリードしよう」と提唱する。そこで今回は、この問題に焦点を当ててみたい。

さて、古い歴史になるが、1960年代後半のベトナム戦争時代に当時の南ベトナムの首都サイゴン(現ホーチミン)に、日本の対米協力の一環として日本から移設した「チョーライ病院」のことが思い出される。

ベトナム戦争も1973年3月の米軍の全軍撤退で終結へ向かい、同年7月には日本政府のインドシナ調査団が派遣され、10億円のインドシナ復興対策予備費の使われ方が議論される。その中で、日本初の本格的な病院協力とも言うべきホーチミンのチョーライ病院改築に対する無償資金協力が大きな課題となった。

そもそもチョーライ病院建設協力は、かなり変形の政府援助であった。日本は米国からの強い政治的要請でサイゴンに病院を建設することになったが、その方法は日本で組み立てられた病院をサイゴンへ海上輸送するという方法をとったからだ。ちなみに、韓国は「タイガー部隊」と称する戦闘部隊をベトナムに派遣して、米軍を直接支援した。日韓共に米国との安全保障協定の枠組みの中での行為だったと言える。戦争終結後、日本は最初の南部ホーチミンのチョーライ病院に続いて、北部の首都ハノイのバックマイ病院、そして中部フエというように、南から北へ計画的に病院を次々と建設し、医療協力を行ってきた。このため、保健医療協力に対する知見、体験が積み上げられているはずである。政府は将来、100カ国、100件の病院に対する施設建設などを含めた協力を目指しているようであるが、ベトナムでの病院建設、医療協力の経験には多くの教訓が蓄積されているはずであるから、その経験を分析し、これからの世界規模での病院建設協力に役立てるべきであろう。

病院建設の難しさ

とにかく、一口に病院の建設協力と言っても、単に病院を建てればよいという問題ではない。レントゲンをはじめ多くの医療器具の整備から、それらのオペレーターの訓練、そして看護師教育までその裾野は広い。日本は1989年のトップドナー時代をはさんで、無償資金協力による病院建設協力で難渋した経験がある。当時を思い出すと建物(病院)は問題なく建てられるが、医療器具の調達ともなれば、全てメイド・イン・ジャパンではない。相手国の医者をはじめ、医療従事者は過去の教育・研修プロセスで欧米の影響を受けているために、たとえば、レントゲンはドイツ製とか、心電図は米国製とか、それぞれの技術研修の影響で医療器具への関心も馴染みも異なってくる。

だから、全て日本製の医療器具を調達するのに難渋する場面も多かった。こうした問題が起こると医療開始が大幅に遅れてしまう。一口に病院建設協力と言っても、そう単純な協力事業ではない。さらに、病院経営のフォローアップまで考えると、かなりの長期計画を覚悟しないと龍頭蛇尾の協力になりかねない。

JICAでは建設費50~80億円規模の中規模病院を100カ国規模で建設協力しても、その総費用は5,000億~8,000億円ぐらいと見込んでいるようだが、たとえば中規模の病院でも医療器具などワンセットを整え、加えてそれらのオペレーターを育成し、それ相応の医者、看護師を従事させるとなれば、病院を建設するだけで済む問題ではない。

また、こうした中堅規模の病院であっても、病院建設協力ともなれば、日本国内の国立系病院、県立、市立系病院など、さらに民間病院のバックアップ体制が必要になるはずである。病院建設協力には決して異論を唱えるわけではないが、国内協力の裾野をしっかり確保しないと、メイド・イン・ジャパンの病院建設協力は形を作って魂を入れ損なう恐れのあることを肝に銘ずべきである。

厳しい医療協力のレベル

ところが、そう大言壮語してみても、現実のODAベースの医療協力を見ると心細くなる。政府はそれを十分承知の上で、大規模な保健医療協力を構想しているのであろうか。例えば、JICAの2019年次報告の18年度における分野別の技術協力プロジェクトの実施状況を見ても、保健医療協力のODA予算構成では5.1%のシェアで、約97億円というように、小さな規模である。

ちなみにODA予算構成比では、公共公益事業22.8%、農林水産分野11.1%、人的資源開発11.1%というように保健医療部門の比重はかなり低い。無償資金のODA構成比で見ると、8.7%という状況である。

次に、保健医療協力の援助規模を2019年度ベースで国際比較してみると、日本は米国の10分の1、英国の3分の1、ビル&メリンダ・ゲイツ財団の30%という状況にあると言う(ワシントン大学保健指標評価研究所(IHME)、2019年データ)。また、これは一つの仮説であるが、日本が2,000億円規模の医療協力を構想した場合には、中国は15兆円規模の医療協力を戦略的に国際展開する可能性が見込まれていると言う。日本はそこまで腹をくくって保健医療協力の主流化を図ろうとしているのか、政府の決意のほどを確認したいものである。

他方、今のJICAの実施体制を見ても、保健医療協力は人間開発部の中に教育部門と同居する形で存在している。これだけで、これまでの政府の保健医療協力に対する熱心度がわかるというものだ。この状況を逆転させるには、かなりの政策的決断が必要になることを付言しておきたい。

さらに、首相官邸では経済協力班が将来の保健医療協力に向けて、「アジア健康構想」の下で幅広い保健医療関係者との勉強会を重ねている。そこには保健医療分野での将来への輸出戦略が包含されていると言う。日本の将来を考えると、確かに保健医療分野はインフラ輸出戦略に次ぐ重要な部門であることは理解できる。

ODAベースのJICA保健医療協力も日本の将来に対処する形で、今やODA司令塔とも言える首相官邸と密に協力しなければならないだろう。まさに、オール・ジャパンの国際展開が求められていると言っても過言ではない。

※国際開発ジャーナル2020年11月号掲載

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