軍事大国を目指さない日本
新年おめでとうございます。
新年の開幕は雁(がん)の話からです。
日本の晩秋に北方から渡来し、翌春に再び北方に飛び去る雁の群れは、見事な飛行編隊を組んでいる。その先頭には必ず群れを目的地に誘導するリーダー格の雁がいる。
その昔、一橋大学の故赤松要教授は、雁の飛行編隊にヒントを得て、経済発展における独創的な「雁行形態論」という学説を唱えた。これまでアジアにおける雁の群れの先頭だったのは、アジアで初めて近代化に成功した日本であった。他のアジア諸国は日本を追うように飛んできた。
タイのアナン・パンヤラチュン元首相は2008年3月の政策研究大学院大学の創設10周年記念講演で、「21世紀のアジアにおける日本の役割」をスピーチした時、「雁行形態論」を持ち出して、「日本は今やアジアのトップを飛んでいない。しかし、日本は群れの一団がしかるべき方向に飛べるよう、群れの中にあって良き“相談役”あるいは良き“調整役(コーディネーター)”の役割を果たす立場を取るべきではないか」と、アジアにおける新たな役割を示唆した。さらに、話は1980年代に戻るが、マレーシアの「ルック・イースト・ポリシー(東方政策)」を打ち出したマハティール首相は、福田赳夫首相が1977年の「福田ドクトリン」で明言した「日本は経済大国になっても、決して軍事大国にならない」を取り上げて、「軍事大国を目指さない日本こそ、アジアでの良きコーディネーターになれる資格がある」と語ったことがあった。
現在の安倍政権は、アジアの成長を日本の経済成長に取り込む、というアジア戦略を展開しようとしているが、心構えとしては、タイやマレーシアの元首相が提案しているように、アジアの「調整役」、「相談役」を引き受けて実行し、その実績、成果の上に立ってアジアの成長を取り込む外交を展開すべきではなかろうか。
ASEANの相談事
それでは、アジアにはどういう相談事、調整すべき事柄が存在するのか、ASEANにしぼって言及してみよう。
第1点は、域内紛争解決への努力。たとえば、古くて新しい紛争はフィリピンのミンダナオにおけるモロ・イスラーム解放戦線と中央政府との和解がある。これにはニュートラルな立場で日本が仲介役を果たすと同時に、その地域の貧困対策にも協力している。
次いで、現在脚光を浴びているのが、新生ミャンマーにおける少数民族との和解はミャンマーの統一国家を樹立していく上で、最大の課題であると同時に最大の難問でもある。この少数民族との和解を取り付けるには、中央政府に信頼され、少数民族グループにも信頼されているニュートラルな立場の人物が必要になる。その重職を果たせる人物は、今のところ日本には一人しかいない。その人物は日本財団の笹川陽平会長である。彼は日本政府からミャンマー国民和解担当日本政府代表に任命されている。
笹川会長は、ミャンマーの軍事政権当時から率先して少数民族の住む辺境地に赴いて、子どもたちの教育を普及すべく、200校に上る学校を建て、しかも学校運営の自立化のために農園開発、水産指導などを支援してきた。最近ではシャン州などで何百ヘクタールにも及ぶ薬草栽培を押し進めている。辺境の少数民族は、やせた土地でも付加価値の大きい麻薬栽培でなんとか生計を立ててきた。この収入に匹敵する作物は、それなりに付加価値が高くないと農民に普及しない。
薬草は現在、中国からも日本へ入らなくなっている。日本の関係企業は即金で高値で買い付けてくれる。かつて中南米の麻薬撲滅に手を焼いた米国は、しきりにジュースの原料になるミカン栽培を普及させたが、農民たちの麻薬への誘惑に勝てなかった。それは、作物の付加価値が低かったからである。
JICAは早くからミャンマーの少数民族地域でソバ栽培を行ってきたが、これもやはり付加価値が低くて、思うように普及しなかった。
とにかく地道な努力が、中央、地方に限らず人びとの信頼感を深めてきた。政府がこうしたニュートラルな人物、人材をバックアップしてこそ、日本の紛争解決の能力が高まっていく。
笹川会長は、「残るもう一つは南部タイのイスラム勢力との和解だ」と指摘するが、これはまだ和解へのタイムスケジュールが立っていないようである。
海と陸の回廊計画
第2点は、ASEAN域内格差の是正である。とくに後発ASEANのベトナム、ラオス、カンボジア、ミャンマーと先発ASEAN諸国との経済、所得格差の是正が日本の政府開発援助(ODA)にとって最大の課題になっている。第1弾のODAはインドシナ半島の東西、南北の物流改革のための大動脈となる道路「回廊」の建設であった。
次いで残された課題は、2013年末に経団連の提言「戦略的インフラ・システムの海外展開に向けて」で提示されているインドネシア、フィリピン、一部マレーシアを含むBIMP地域総合開発であろう。これは一言でいうと、インドシナ半島の“陸の回廊計画”に対して、“海の回廊計画”と言えるものかもしれない。
インドネシア周辺、インドネシア領とマレーシア領の広がるボルネオ島とその周辺海域、そしてフィリピン海域にはミンダナオをはじめ無数の島嶼が広がっている。それらを結ぶ物流シーウェイの確保は、BIMPの潜在的な経済開発可能性を拡大できるとみられている。
大陸部の中国もインドも日本にとって大切な存在だが、ASEANはアジアの平和な海を守るという意味でも、海洋国家日本にとって最も大切な地域であると言いたい。
また、ASEANの健全な発展は中立性を担保し、それがアジア地域における“平和のバッファーゾーン”として重要な意味を持つことになる。これらはアジアの頼れる相談役の登龍門であると言いたい。
※国際開発ジャーナル2014年1月号掲載
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